活動報告

10日、女川町で開かれた集いでは、まちなか交流館に70名近い町民の皆さんにお集まりいただきました。高野町議、阿部町議のお話、三浦県議の県政報告、私は国政めざす決意と、復興支援、憲法生かす政治への転換を訴えました。
女川原発のある町。市民共同発電所建設、原発再稼働を許さない闘いに皆さんとご一緒に頑張ります

高台にある女川病院の1階入口柱に刻まれた津波到達地点の表示を見ながら、18メートルの津波が町をのみこんだ被害の凄まじさを実感しました。
復興公営住宅は完成してもコミュニティなく孤立化する住民。
駅前やマルシェなど、いかにも復興が進んでいるかのように報道されますが、盛土造成工事に時間がかかり、町の再建も住民の暮らしも、復興はまだまだこれから。

9月8日、日本共産党国会議員団福島チームの調査2日目は浪江町で、馬場町長と懇談。今年3月31日に避難指示が町の面積の約2割の地域で解除され、震災前2万1000人のうち、286名の住民が戻り暮らしています。

全村民が避難し、避難先を転々、役場機能は1年半で4回も移動した浪江町。馬場町長は「町が将来に渡り、なくなってしまう危機感」があった中で、帰還の苦渋の決断をしたと。

地域で種苗店を営んでいた住民の方は「戻らなければ何もはじまらない」と地域のお世話役やボランティアの受け入れに頑張っておられました。一番困るのは「生鮮食品を買えないこと、医者にかかれないこと」と話されています。イノシシ、サル、アライグマなどの鳥獣被害も深刻で車のボディを壊される被害も。草が生い茂りハクビシンの住み家になっている空き家の管理も必要。
原発被害の実態を現場でみて、「福島切り捨て」の支援の打ちきりや線引きが自治体も住民も苦しめていると痛感。寄り添う支援が引き続き必要です。

9月7日、日本共産党国会議員団福島チームの調査に参加しています。
衆議院は高橋千鶴子、塩川鉄也、藤野保史の各議員、参議院は岩渕友、山添拓の各議員、神山県議、熊谷智福島5区予定候補と一緒です。

避難指示が解除された葛尾村、川内村の役場で村長はじめ職員の方々、住民のみなさんと懇談。

葛尾村の帰村者は13%。水稲と畜産が基幹産業だった村。震災前120から130haだった水田の作付面積は9、1haにとどまり、優良農地にフレコンバックが山積みされる苦しみが語られました。

川内村は最も早く避難指示解除された地域で約八割の住民が帰村しましたが、病院は郡山まで往復3時間かかる。高齢化で「このまま子ども達を増やせないと村は消滅する」との強い危機感があります。長期的視点での国の財政支援がなければ、とても村を再建できないと村長や教育長が率直に話していただきました。

「原発事故さえなければ、こんな苦しみは味わうことはなかった。俺ら国会でしゃべれない。共産党、頼む。」と涙をためて、訴えてくれた住民の姿が忘れられません。原発廃炉と福島再生をどう取り組むか。待ったなしです。

9月3日、今日は一日、福島県で活動。斎籐ともおき衆議院福島1区予定候補と県議、市議とともに2ヶ所の集いと伊達市で2ヶ所の街頭演説を行いました。福島市蓬莱地域は宮本県議、村山市議、伊達市保原地域は阿部県議、近藤市議、佐藤市議と一緒です。

私の生まれ育った場所が福島県境の丸森町ということもあり、「丸森に親戚いるよ」「ぜひ、憲法守るために頑張ってね」「原発なくそう!」と熱い激励をいただきました。

また街頭演説では、北朝鮮が核実験を行ったという報道をうけ、無法な行為を厳しく糾弾。軍事的緊張を紛争や戦争にさせないために、国際社会が一致協力して北朝鮮を包囲し、経済制裁と直接対話による解決の道を訴えました。

活動報告

8月6日、広島に原爆が投下された日。そして、今年は核兵器禁止条約が採択された歴史的な年です。朝は8時15分に黙祷を捧げ、お昼に宮城の原水協の皆さんと、署名宣伝行動に参加しました。仙台駅東口は七夕祭りのお客様で賑わっています。すげの市議、ふるくぼ市議とともに浴衣姿です。
(私の浴衣はひまわりの花。義理の母が選んでくれました。)

核兵器と人類は共存できない。平和への思いと決意を新たに。

 

7月27日、昨日と今日は政府交渉です。高橋千鶴子衆議院議員、岩渕友参議院議員、紙智子参議院議員と東北6県の予定候補者や県議、市議の皆さんと一緒に参加しました。住民の切実な実態を突きつけ、緊急課題を要望。

福島県からは、米の全量全袋検査の継続への財政措置を求めたことに対して、検査を行っていることが、まるで風評被害をまねいているかのような農水省の答弁に唖然。
参加者一同怒りの抗議。
最後は「県の判断を尊重する。県が継続すると判断すれば、国は財政支援をする。」と。
原発被災で苦しむ県民の深い傷に塩をぬりこむような態度でなく、寄り添い解決のために、国は責任を果たすべきです。

 

7月24日、市長選挙でお世話になった方々にご挨拶のあと、午後は福島市へ。
福島原発被害訴訟の原告、弁護団が呼びかけたオール福島決起集会が行われました。

約4千人もの福島県民が立ち上がり、4年間にわたる血のにじむような闘いをしている「生業を返せ、地域を返せ!福島原発訴訟」が3月21日に結審し、10月10日に判決を迎えます。
国と東京電力に対して、重い過失責任を明確にし、すべての被害者に対して生活と生業の再建、健康を守る責任、被害の実態に応じた賠償、全ての原発の稼働の停止と廃炉を求めて、闘い続けているのです。

まさに、人間裁判といえる闘い。岩渕友参議院議員が来賓挨拶。皆さんと連帯して頑張ります

 

7月24日、大激戦の仙台市長選挙でみごと、郡和子市長を誕生させました!
今朝も雨の中、JR南仙台駅で市長選挙の結果報告と、市民の声が生きる政治へ頑張る決意を訴えました。

市民の皆さんが、市政を検証する対話を重ねて、候補者擁立を自ら行い、選挙戦も闘う。
市民も野党もみんな一緒に、力をあわせる。共闘がさらに発展したのが、仙台市長選挙です。
安倍政権の国民不在の政治は許さない!という明確な意思が示されました
10月の県知事選挙、すみやかな解散総選挙を求め、これからも全力で取り組みます。

活動報告

12日、郡和子さんを何としても市長に押しあげたい!朝から、希望あふれる仙台をつくる市民の会カーで訴えです。演説箇所は10ヶ所でがんばりました手をふっての声援も多数です。復興住宅では皆さん、ベランダに出て聞いてくれました☺角野たつや県議と一緒です。

11日、6時から8時まで、希望あふれる仙台をつくる市民の会カーから、超党派で女性議員有志の街頭活動。郡和子さんを市長に!Iloveせんだい、We Loveせんだい!の元気な声を響かせました

郡和子さんのイメージカラーはピンクなのに、来る人、来る人、なぜか水色が多い。夏服だからね~(笑)でも、ピンクのパネルを持って効果抜群でした

10日、7時30分から南仙台駅で、郡和子さんと一緒にスタートです。
通勤通学の皆さまに元気に訴え、午後は長町商店街を練り歩き
郡さんはパワフル 走りも速いのです。

活動報告

6日、とにかく時間との勝負。昨日はJR長町駅前、今朝はJR南仙台駅前、夕方は一番町商店街と連日、街頭にたっています。郡和子さんと日本共産党が結んだ12項目の政策チラシをお渡ししながら、新しい仙台市を作りましょう!と訴えています

憲法が暮らしに生きる仙台市、実現するのは市民の力です。

4日、東京都議選では安倍政権への怒りと、暮らしと福祉守る都政への、都民の力強い意思を示す結果となりました。日本共産党は19議席を獲得し躍進!全国に勇気と展望が広がっています。

さあ、次は仙台市長選挙です。7月9日告示、23日投票。

何としても、郡和子さんを押し上げようと雨の中も頑張っています。

活動報告

3日、仙台で第二回若者ミーティングにいわぶち友参議院議員と一緒に参加。若者たちに囲まれてのフリートーク。まっすぐな視線にドキドキ。あたりまえに暮らせる、若者が希望を感じられる日本にしてほしいの声を受けてとめて、皆さんとご一緒に頑張ります

活動報告

26日、投票の東京都議会議員選挙の応援で板橋区に来ています。今朝は7時から東武東上線ときわ台駅前のメガホン宣伝です!雨の中、傘をさしながら元気に訴えました。
8時から夕方まで、徳留道信さん当選のために選挙カーにのっています。

豊洲移転なら60年後の累積赤字は1兆円をこえる。有害物質ベンゼンが環境基準値の100倍も検出され、無害化の見通しすらたっていない。市場業者の大半は移転は反対です。日本の食文化を支え安全を守る築地再整備こそ必要です。

石原、いのせ、桝添と3代に渡り大型開発優先で福祉、暮らしは後回しの都政が作られてきました。それを支えてきた自民党、公明党の責任は重大です。
利権とは無縁で都政の闇を鋭く追求し、都民の暮らしを大事にする日本共産党が伸びてこそ、政治は変えられると訴えています

共謀罪ノー、憲法改悪ノー、加計問題など政治の私物化許さない。安部政権の政治への厳しい審判を、都議選でも示そう!

活動報告

24日、東日本大震災復旧復興みやぎ県民センター設立6周年総会に参加。村井県政、奥山市政の復興の検証を行いました。

「移転先には綺麗な新しい住宅が建ち並ぶ。素晴らしいことだと思っていたのに、何故かむなしく、淋しい感情でいっぱいだ」住み続けたいと願っていた住民がバラバラに分断された
被災者が語った言葉です。
「復興住宅でのコミュニティ再建は、生やさしいものじゃない。もっと被災者の現状を知ってほしい」宮城県や仙台市が創造的復興を進める一方で、被災した市民がおきざりにされ、
孤独感にさいなまれています。

宮城県は巨大防潮堤建設、水産特区、防災拠点整備、仙台空港の民営化など、財界大企業が喜ぶ復興事業が並ぶ一方で、医療費免除打ちきり、復興住宅を県が一戸も整備しないなど、極端な惨事便乗型の復興です。

仙台市も5年間で早々と復興計画を終了させ、被災者医療介護免除打ちきり、石炭火力発電所が次々に被災した沿岸部に計画、また、蒲生北部では住み続けたい住民を追い出し、区画整理事業で大企業の儲けの場に多額の税金投入。あすと長町復興住宅の深刻な日影被害など、問題が続出。あらためて誰の為の復興事業なのかが問われます。

被災者本位の復興のために、私たちが声をあげ続けよう!と確認しあいました。

活動報告

22日、2017年原水爆禁止国民平和大行進が仙台市に入り、夕方には元鍛治丁公園で集会とアピール行進が行われました。核兵器と人類は共存しない!核兵器をなくそう!と声をあげ続けた市民の運動は、ついに世界を動かし、今、国連では核兵器禁止条約を協議する会議が開催されています。

2010年のNPT再検討会議の時に、私は市民の集会に参加し、多くの平和を願う人々と一緒に核廃絶を訴えてニューヨークのまちを歩いたことを昨日のように思い出します。
「私たち世界の市民が、生きるための行動をしよう!」と決意を固めあったのです。

日本政府は核兵器禁止条約策定のための会議に参加せず、アメリカの「核の傘」にしがみつき、憲法を変えて戦争する国づくりに突き進んでいることは、断じて許されない!国民の願いにも世界平和にも反しています。

唯一の被爆国として、日本政府が行うべき行動は、核廃絶の先頭に立つことです。
皆さんとともに、「生きるための行動」こそ、進めたい!頑張ります

活動報告

17日、盛岡市での緊急国会報告会で、高橋千鶴子衆議院議員が気迫の演説。みんなで政治変えよう!